【 誰の為に・・・ 】





目の前に広がる炎。焼かれているのは、私の村。

目の前で振り下ろされる剣。切られているのは、私の両親。

村人を全員殺したくせに、どうして私だけ殺さなかったの?

強姦されるわけでもなく、兵士にまわされるわけでもなく、

私は何の為に、ここへ連れて来られたの?

女、子供にさえ容赦のないあなたが・・・何故?





強姦された方が良かった・・・傷付けられた方が良かった・・・

何もせず、何も言わず、ただ、私を傍に置いた。

城にいる間は、片時も離れる事を許さなかった。

時折、あなたが見せる、悲しみや寂しさや憤りに、気付きたくはなかった。

死ぬまで許さないはずだった。死ぬまで憎み続けるはずだった。なのに・・・

あなたが死ぬであろうこの瞬間、襲ってくるこの恐怖は何?





気付いてしまったこの想いは、皆に対する裏切り。私はきっと地獄に落ちる。

それでも・・・

ルカ・・・あなたがいないこの世界で、私は生きてはいけないの。

あなたが戯れに生かしていたこの命、散らせるのは、あなたの義務。










ルカは今夜、同盟軍に奇襲をかける。その為に、たった今、出て行った。

そして、その事をレオン=シルバーバーグが同盟軍へと知らせに行った。

知られている奇襲は、奇襲にはならない。己の首を締めるだけ。

その事を、ジョウイが私に伝えに来た。

彼は、私自身でさえ気付かなかったこの想いに、気付いていたらしい。

そして今、私は走っている。あなたの最後を見届ける為に。










私が辿り着いた時、ルカは同盟軍に囲まれ、全身に矢を受けていた。

間に合ったみたい・・・

全身が冷たくなっていくような感覚を感じながら、私はゆっくりとルカへと近付く。

「危ない!」

聞こえてきた同盟軍のリーダーの声は、私の上を通り過ぎるだけ。

「・・・・・・」

突然現れた私に驚くルカ。そして、その目が細められる。

まるで、眩しいものでも見るように、いつも目を細めて私を見ていたルカ。

その理由にも、今になって漸く気付く。でも、まだ遅くはないわ。





「俺に、とどめを刺しに来たのか?」

同盟軍の人達は皆いなくなり、ここにいるのは、ルカと私だけ。

「違うわ。あなたが死ぬのを見届けに来たのよ。」

私のその言葉に、自嘲気味に笑い、『そうか』とだけ呟いて、目を閉じる。

そんなルカの手に、私は持ってきた短剣を握らせる。

「・・・?」

「あなたが息を引き取るその時に、その短剣で私の胸を刺して。」

ルカの目が、驚きに見開かれるが、私は構わず続ける。

「あなたがいないこの世界で、私にどうやって生きろと言うのよ。」

「・・・お前は、これから・・・自由に・・・」

ルカの言葉に、私は激しく首を横に振る。

「私の世界はあなただけなの!こんな風にしたのはあなたじゃない!」

「・・・・・・」

私の瞳から涙が溢れる。

両親が殺され、村が焼かれたあの日でさえ、出る事のなかった私の涙。

それが今、止まる事なく、溢れ続ける。

「愛したくはなかった・・・でも愛してしまった・・・あなたを愛してしまった・・・」

大きな手が私の頬に触れ、逞しい腕がその胸へと私を抱き込む。

「・・・ついてこい・・・」










「・・・あの日・・・皆殺しに・・・するつもりだった・・・」

苦しそうな息の下から、ルカが話し始める。

この行為は、己の命を縮めるだけ。

でも、私はルカを止めなかった。ずっと聞きたかった事だったから。

死ぬ前に、どうしても話して欲しかった。知りたかった。

これは・・・私のエゴ・・・

ルカの胸へ身体を預け、心臓の音を確かめながら、彼の話を黙って聞く。





「皆が・・くっ・・隠そうと・・・守ろうとしていた・・・故に、明白だった・・・」

そう。私1人を守る為、皆は必死に戦っていた。

でも・・・この人には、どうやったって適わなかった・・・

聞こえてくる肉を切る音。血の臭いに、どうにかなりそうだった。

「・・・お前を・・・見付けた時・・・どうしても・・・欲しくなった・・・」

自分の身体が震えているのが分かる。こんな時なのに、こんなに嬉しいなんて・・・

「姿が・・・見えないだけで・・・気が狂いそうな程・・・・・俺は・・・・・」





そこでルカの言葉は途切れた。

ビクッと震え、ルカを仰ぎ見ると、苦しそうに後ろの木に背中を預けている。

もう・・・時間がないのかもしれない・・・

「あなたを憎んでいた・・・憎み続けるつもりだった・・・あなたが死ぬ時は、

笑いながら見下ろしてやるつもりだった。」

私の話を、今度はルカが黙って聞いている。

この人が、人の話をこんなに静かに聞いている姿など、想像もつかなかった。

「それなのに、乱暴に掴んでくる腕を優しいと感じ、

威厳を込めて睨み付けるその瞳を、哀しいと感じてしまった。」

じっと見つめてくる瞳に、いつもの威厳はなく、哀しみも宿ってはいない。

初めて見るこの瞳が、本来のルカなのかもしれない。

死ぬ間際になって、私の前でだけ漸く見せた素顔なのかもしれない。

「あなたのいないあの城が、私にとって、1番恐ろしい場所になってしまったの。」

戻ってきたルカの顔を見るまで、襲っていたあの恐怖。

私の心は正直だった。

でも、私はその自分の心に気付かなかった・・・ううん・・・

気付かない振りをしていた。ルカを愛している自分を、認めたくはなかった。










ルカが私の頬に触れる。何度も触れた手。そして・・・初めて触れる唇。

唇を重ねたまま、私の胸には、ルカの手によって、短剣が深々と突き刺さった。

「・・・もう、時間だ・・・一緒に逝くのは、俺の・・・為・・・か・・・?」

その言葉に、弱々しく首を横に振り、

「・・・いいえ・・・自分の為よ・・・あなたの・・・いないこの世界に・・・

私の生きる・・・場所など・・ない・・・から・・・」

そして、私は自分の胸から短剣を抜き、それをルカの胸へと突き立てる。

「・・・・・・?」

「これで・・・私も・・・人殺し・・・あなたと同じ・・・地獄へ・・行ける・・・」

あなたを愛した事で、私の行き先は地獄かもしれない。

でも、確実にあなたと同じ所へ行きたいから・・・もう、離れたくはないから・・・

ルカが、私の身体を強く抱き締め、再び唇を重ねる。

「どこまでも・・・連れて行く・・・愛している・・・・・・」

やっと聞けたその言葉に、私の瞳からは涙が溢れ、そのまま意識が途切れた。





力の抜けたの身体を、もう1度しっかりと自分の胸の中へと抱き締め、

ルカも目を閉じた。










翌日、寄り添いながら生き絶えていた、2人の幸せそうな顔を、

切なげに見つめる、ジョウイの姿があった。