【 それぞれの運命 】



帝国からの依頼で、1人の竜騎士を派遣する事になった。
その仕事とは、魔術師の塔へと帝国の兵士を連れて行き、そして連れて帰る事。
難しい仕事ではないので、この任務には竜騎士見習いのフッチが赴く事となった。


「それじゃ、姉、行ってくる!」

元気良く手を振り、フッチの竜であるブラックに乗り、出発する後ろ姿を心配そうに見つめる

「フッチなら大丈夫だ。」

その姿が見えなくなった頃、後ろから声をかけられ、驚いて振りかえる。

「ヨシュア・・・さま。」

不安気に見つめるにゆっくりと近付き、その頬に手を当て、

「大丈夫だ。」

もう一度力強く言う。その言葉に漸く笑顔を見せ、ブラックの飛んで行った空を見上げる。
そんなを後ろからヨシュアが抱き締め、その耳元で、

「2人きりの時に『さま』などいらない・・・と、言わなかったか?」

甘く優しく囁かれ、の身体が震える。
その反応を楽しむかのように、耳へと息を吹きかけるヨシュア。

「ヨシュア!」

真っ赤になったが、睨むように見上げて抗議すると、クスッと笑って額にキスをおくり、

「お前が悪いんだろ・・・俺に焼餅を焼かせるから。」

『え?』と見上げるに、もう一度、今度は唇にキスをすると、

「戻るぞ。」

そう言って歩き出してしまう。
その後を急いで追うは、真っ赤な顔をしていたが、そこには幸せそうな笑顔が浮かんでいた。



帝都グレッグミンスターから戻ったフッチは、ヨシュアへの報告を済ませると、
すぐにの部屋へとやってきた。

姉!ただいま!」

何かをやり遂げた後の、爽やかな笑顔を向けるフッチに、安堵のため息をつき、優しく微笑む。

「お帰り、フッチ。ご苦労様。」

『ご苦労様』という言葉に、照れたように笑いながら、今回経験した出来事を話し出すフッチ。

「それで、そいつらをブラックに乗せたんだけど、その時のそいつらの顔ったら・・・」

ついでに帝都観光までして来たと言うフッチは、楽しそうに身振り手振りも交えて話した。
疲れて眠ってしまうまで、ずっと・・・



翌朝、欠伸を噛み殺すに、

「その欠伸の原因は、フッチ?それともヨシュア様かな?」

クスクス笑いながら声をかけるのは、竜洞騎士団副団長ミリア。

「ミリア・・・フッチが原因に決まってるでしょ!」

思わず頬を赤く染めて睨んでくるに、悪戯っぽい笑みを浮かべて、

「それで、フッチには話したのかい?ヨシュア様との事。」

『うっ!』と言葉を詰まらせるに『やっぱりね』と肩を竦める。
ヨシュアとの関係は、ミリアしか知らないのだが、を姉のように慕うフッチにだけは、
話そうと思っているのだが、なかなか言い出す事の出来ない、だった。










今夜の見張りはフッチ。はいつものように夜食を持って、フッチの元へと行った。

「フッチ、見張りご苦労様・・・・・フッチ?」

そこには、額に皺を寄せ、空を凝視しているフッチがいた。

「どうかしたの?」

フッチが見上げている方を見るが、そこには何もない。いつもの夜空が広がっているだけ。

「何かが・・・何かが通った気がするんだ・・・」
「え?」

2人して空を見上げるが、やはりそこには何の変化も見られない。
だが、はフッチの勘を信じている。故に、妙に不安な一夜を過ごした。



姉!!!」

あのまま自分の部屋に戻ったものの、なかなか眠れず、ようやくうとうとし始めたの所へ、
フッチが駆け込んで来た。

「竜が・・・姉達の竜が!!!」

その言葉に飛び起き、竜洞へと走るフッチと
竜洞には既に殆どの騎士達が集まっており、その奥で眠っている竜達。
自分達が傍に来たのに、それでも眠っているなど有り得ない。
その信じられない光景に愕然としながらも、自分の竜の元へと近付く
その気配に、一瞬顔を上げるが、そのまま、また眠りにつく竜。

「なぜ・・・」

崩れ落ちるように倒れるの身体を、間一髪の所でヨシュアの腕が支える。

「ヨシュア・・・」

その胸へと縋りついてくるをしっかりと抱きとめ、ミリアへと向き直る。

「無事な竜はいるのか?」
「私のスラッシュとフッチのブラックのみです。」
「・・・すぐに門番に伝えろ。例え皇帝陛下でも通すなと!」
「はい!」
「それから・・・医者だ!!!」
「はい!!!」





竜が眠りについて、何日かたった頃、の部屋をミリアが訪れた。

「今日の医者もダメだった・・・これで全滅だ・・・リュウカン殿は行方不明だし・・・」

俯いているミリアの肩が、微かに震えている。それに気付いたは、

「大丈夫・・・彼らは死んだわけではないわ・・・」
「でも!このままだと体力が・・・」

顔を上げたミリアの瞳には、涙が浮かんでいる。
この気丈で、いつも冷静な副団長は、決して人前では涙を見せない。
だが、の前でだけは素直な感情を出す事ができ、泣く事が出来る。
それを知っているは、ミリアをその胸にそっと抱き締め、

「今だけよ。今だけ泣かせてあげる。でもすぐにいつものミリアに戻るのよ。皆が不安になるから。」
・・・・・」

コクンと頷き、声を殺して泣くミリアを抱き締めながら、

「決して希望を捨ててはダメ。」

と、繰り返す。ミリアに、そして自分に言い聞かせるように・・・





解放軍のリーダーとその一行が訪ねてきた。
一緒に戦って欲しいと言う彼らに、事情を説明するヨシュア。
その現状を見ていた彼らは納得し、1度城へ戻って、リュウカンを連れてきた。

リュウカンの診たてでは、竜は病ではなく、毒を飲まされたという。
その解毒剤を作るのに必要な『月下草』を取りに、解放軍のメンバーと共に、
ミリアがスラッシュに乗って、シークの谷へと向かった。





「黒竜蘭ってどんな花なんだろう?」

フッチの質問に、は首を傾げリュウカンを見る。どうやらも知らないらしい。
リュウカンの説明を真剣に聞くフッチ。・・・そして・・・

「そんな花、見た事ない・・・どこにあるんですか?」

その質問に、リュウカンが答えてしまった。

「グレッグミンスターの空中庭園にしか咲いてないからのう。」

それを聞き、フッチが飛び出す。

「フッチ!」

驚いても後を追うが、ブラックに乗って飛び立ってしまった。

「フッチ・・・・・」

の胸を、とてつもなく嫌な予感が走りぬけ、身体が震える。

「ミリア達が戻ったら、すぐに行ってもらおう。」

ヨシュアの言葉に頷くが、の中の嫌な予感はどうしても消えなかった。







フッチは無事戻り、竜達は目覚めた。だが、ブラックは・・・
は、フッチの気持ちを考えると、どうしても素直に喜べなかった。それに、

『竜を失った竜騎士は、竜洞を出て行かなければならない。』

この掟が、の心に重く圧し掛かっていた。



フッチは、解放軍のハンフリーが引き取ってくれる事になった。
ハンフリーの事は、ヨシュアから何度も聞かされていたから安心だと、
頭では分かっているだったが、心がそれに追いついていかなかった。
そんなの元を、フッチが訪れ、

「絶対に、またここへ戻ってくるから!」

そう宣言した。
その言葉に、涙を流しながら大きく頷き、フッチを抱き締める。

「ブラックが守ってくれたその命、絶対に大事にしなきゃダメよ。」

言おうかどうしようか迷っていた言葉だったが、あえて言う事を選んだ
酷な事だとは分かっていたが、それでも伝えたかったから。
それに大きく頷くと、走り去っていくフッチ。その瞳にも涙が光っていた。





その夜、ヨシュアの胸に凭れながら、

「結局、私達の事フッチに言えなかった・・・」

寂しそうに呟くの髪に、優しくキスをしながら、

「戻ってきたら、1番に話そう。」

そう囁き、強く抱き締める。その胸の中で、がコクンと頷いていた。


2人キスを交わしながら『その日が早く来ますように』と祈るのだった。